株式会社中嶋製作所

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 確かな技術とたゆまぬ革新で業界のリーディングカンパニーとして今年90周年を迎えた株式会社中嶋製作所。今日は株式会社中嶋製作所代表取締役社長の中島君忠氏に90年の歩みを振り返ってもらった。

創業者であり、父の故中嶋一雄が大正10年に板金業を開業して今年で90周年、大勢の皆様、お得意様に支えられて今日までこられた事に厚く御礼を申し上げる次第です。一口に90周年と申しましても、大変長い間苦難の連続であり、時代に翻弄されながらようやくここまで辿りついたという実感です。

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弊社の最初の販売商品である昭和3年発売の養鶏用育雛器『キングヒーター』は、加熱に重点を置いていた育雛法を覆し、新鮮な空気を自然の対流を利用して加熱・加湿出来るという画期的な方法が好評を戴き、全国へと販路を拡大しました。しかし、戦時中ということで食糧事情の悪化から養鶏が困難になる中、幾多の苦境を乗り越え、戦後再び『キングヒーター』の販売へとこぎつけた頃、渡米してきたケージシステムがブームとなり、弊社では昼夜3交代でも間にあわない程ケージ製造に尽力していました。しかし再び卵価が低下し、売り上げが前年の半分程になった頃、私が修行を終えて会社に戻ってきた昭和40年、会社はどん底期でした。そこで易者から若い人に代わった方が良いと言われ、昭和40年の12月、何もわからないまま25歳にして私が社長に就任しました。

就任後、無駄を無くし節約に努めた所、見る見るうちに業績が良くなり大幅な増益になりました。本来は内部留保をしたい所でしたが、辛い時期を我慢して協力してくれた社員への恩返しに、昇給や、ボーナス12ヶ月分を還元しました。どれだけ内部留保があっても、社員の協力がなければ乗りきることはできませんので、今後ますます激化する経済状況でいつ苦境に見舞われるか判らないからこそ、悪い時は我慢してもらい、良い時はそれ以上にお返しをするという約束をきちんと果たし、決して嘘を言ってはならないという教訓を得ることが出来ました。

その後もエッグサイクルで卵価の上下はありましたが、ブロイラー産業のはしりとなる卵肉兼用種の肥育が始まり、円筒形の不断給餌器が飛ぶように売れ始め、自動で皿に餌を送る現在のパンフィーダー(ブロイラー用自動給餌装置)の原型を試作しました。最初は自動化への批判が多くありましたが、次第に認知されてきた頃、養豚用の自動給餌器に挑戦したのが27歳の時でした。しかし、養鶏以上に拒否反応の強い養豚業界では、普及が始まるのに20年という時を要しました。その後、昭和45年には牛用のフィーダーも開発され、養鶏、養豚、養牛に至るまで、業界の変遷に合わせた様々な商品の開発を手がけてまいりました。

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こうした中、常に心がけていたのが利益追求型ではなく、付加価値経営でした。何事も分相応を考え、出来るだけ既往の技術と販路を利用し、バランスを考えた安定経営に努め、規模の拡大を求めるのではなく、新商品の開発等内部の革新によって常に業界の先端となるよう尽力してまいりました。

 そして3年前、弊社宮崎営業所のある宮崎県川南町から発生した口蹄疫は日本中を恐怖のどん底へと陥れました。そこで40年もの間お世話になってきた宮崎に何か恩返しをしたいと、県に1000万円、川南町に500万円の義援金を送りました。後に、牛を殺処分された地元の農家の方が営業所長の手をとって涙を流しながら感謝されたという話を聞き、人の絆や他人への思いやりは感動を生む素晴らしい原動力になるのだと実感致しました。

 多くの方々に助けられ、支えられ、迎えた90周年。これからも様々な苦労を感動と喜びに変え、感動を重ねながら社業に邁進して参りたいと思いますので、宮崎の皆様、今後ともどうかよろしくご指導のほど伏してお願い申し上げます。

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