画家 弥勒祐徳(スケノリ)さん
『生涯現役』 人生80年、90年時代を迎える今、理想的な生き方である。
90歳を目前にして、この春、初めての絵本を出版した西都市出身・在住の画家、 弥勒祐徳さんは、まさに生涯現役のお手本を見せてくれる。
絵本出版のいきさつなどを含めて話を伺った。
28歳のとき、新制中学校発足と共に、三納中学校教諭として英語を担当。
5年後の33歳で、美術担当となり、本格的な絵の勉強を始める。1978年妻中学校を最後に、教員生活に終止符を打った後も、現在に至るまで絵を描き続けている。
宮崎県美展特選をはじめ、文部省の地域文化功労賞、宮崎県文化賞、西都市民栄誉賞など数々の賞を受し、個展の回数は370回を超える弥勒さんが、生涯で初めて出版した絵本は『木喰さん』(石風社 1470円)。 飢饉が続いた江戸時代に、日本全国を旅しながら、鎮静平穏の願いを込めて1000体以上の仏像を彫り続けた木喰上人の生涯を描いたものである。
その後22歳で出家。45歳のときに、木喰戒を授かり修行を積む。
木喰戒(木食行)とは、米・麦・ひえ・稗・大豆の五穀を断ち、肉や魚を食べず、火を通さず木の実・草の根や野菜を食べる厳しい修行で、木喰上人は、好きな蕎麦も水で捏ねて食べ(酒は愛したが)生涯この戒めを守ったといわれている。
56歳で全国行脚の旅に出て、1788年71歳のときに、日向の国(西都市)を訪れた。地元の人々に乞われて国分寺の住職となった3年目、寺が火災で焼失。
寺の再建・再興しようとの願いを込めて彫った五智如来像(西都市三宅の五智如来館に現存)や自身の像を残し、日向の国には10年滞在した。
その後も旅を続け、90歳を超える生涯で約2万3千キロを歩き、1000体を超える仏像を残している。
―弥勒さんが、木喰上人に魅せられたのは?
そこに大きな仏像があり、何だろうと思っていましたが、それが木喰仏だったんです。
その後、戦争から帰り、外国にいたことで英語教師になったのですが、難しくて上手くいかない。何か自分に向いているものはないかと考え、小学校の頃から好きだった図工の教師になりました。絵はデッサンからといいますから、人物デッサンを始めようと思ったのですが、なかなかモデルをしてくれる人が見つからない。そこで思い出したのが、お堂の木喰仏でした。
これをきっかけに『木喰は生きている』を書きましたが、木食行に励み、この世の平安を願い1000体を超える仏像を彫り、93歳の天寿を全うした木喰さんの偉業に感動させられました。
―木喰上人の足跡をたどる旅をしたそうですが・・・。
退職の年、昭和53年(1978)に全国の木喰仏をたどる旅に出かけました。1ヶ月くらいかけて回ったのですが、一度には回りきれず、何回かに分けてたどりました。
武将は血を流して自分の国を治めましたが、木喰は一滴の血も流さず、人々を助け救ったのです。実際に旅してみて、至るところにその足跡が残っている。あらためて木喰は、何者にも代えられない素晴らしい人だったと思いながら、木喰の残した仏像の絵を1枚1枚スケッチして回りました。
そういう面では共通するところもあるでしょうか。
でも、私はそんな人間じゃありません。いくら生きても木喰さんには敵わないですね。
確かに、弥勒さんの描いた木喰仏の絵からは、木喰さんと弥勒さん、両方の笑顔が見えてくる気がする。 御年89歳。健康の秘訣を伺ったら、特に何もない、耳が少し遠くなっただけで、体の悪いところもないし、特別食事に気をつけたりもなく、好きなように日々を送っているとの答え。髪もふさふさで、動きも年齢を感じさせないほど若々しい。 話を伺う間も、ご自身でお茶の準備をしてくださったりと、少しもじっとしておられない。 これが生涯現役、元気の秘訣かもと感じた。 370回を超えた個展は、400回に向けて着々と作品が生まれている。
石風社 TEL 092-714-4838 FAX 092-725-3440
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