宮崎大学医学部 池ノ上 克 教授

2007年8月、奈良県内から救急搬送された妊婦が、受け入れ態勢の不備により救急車内で死産した痛ましい事故は、脳裏に新しい。これを契機に、命の誕生を担う産科医療の拡充が叫ばれているが、少子化対策が国会の場でも論議される昨今、いかに安心して産み育てる環境を整えるかは、社会全体の焦眉の問題である。

そこで今回は、周生期(妊娠22週から出産7日未満)の胎児と赤ちゃんの死亡率が、全国一悪かった宮崎県を、「日本で最も安全にお産ができる県」とした、 宮崎大学医学部 生殖発達医学講座産婦人科学分野の池ノ上 克(ツヨム)教授のお話を紹介する。


池ノ上教授が、宮崎大学(当時の宮崎医科大学)に着任したのは平成3年。 当時、宮崎県は周産期死亡率のワースト記録が続いていた。

「この大学で、自分に何が出来、また与えられた使命とは何だろうと考えた時、産婦人科の領域としては当時、比較的新しい考え方(概念)であり、自分の専門
でライフワークとして取組んでいた周産期の母子医療でした。」
それまで赤ちゃんは、母親の胎内にいる間は産婦人科、生まれた後は小児科と担当が分かれていた。しかし、当然ではあるが、母体に授かった時から、出産、更
に産後と順調に成長する過程を通し、一貫して健康状態を管理・治療できる体制が必要である。



「産婦人科と小児科、その谷間を埋めるにはどうすればよいか。」

人材育成への取り組み



そこで、池ノ上教授が着手したのは、人材の育成だった。胎内の赤ちゃんを助けられる医師、そうした医療に取組みたい、やってみたいという医師を集め、トレーニングすることだった。
しかし、医師を育てるには、一朝一夕とはいかない。

「池ノ上先生は周産期が専門なのに、宮崎県の数字はちっとも向上しないじゃないか」という非難の声も耳に届いた。

その取り組みに光が見えてきたのは、7年目、平成10年のことだった。 延岡と日南に県立病院が新築され、周産期医療に対応できる設備が整い、ようやく池ノ上教授の下で育った若いドクター達が着任した。時を同じくして、県立宮崎病院、宮崎市郡医師会病院の体制が整い、大学の中にも周産母子センターが設置された。
これによって、1次施設となる地域の開業医から、2次施設となる県北・中・南・西部の6つの総合病院、そして3次施設となる県立宮崎病院と、宮崎大学病院のネットワークが整ったのである。

「よし、これでギアチェンジができたというか、周産期死亡率を全国平均レベルへ持っていくことができるだろうと思いました。」

そして翌年、平成11年には、何と一気に全国No.1となったのである。
「やればできる。地方にはその実情に合ったやり方をすれば、結果は出せるんですね。」

平成16年、宮崎県の周産期死亡率は出生1000人に対して3と少なく(全国平均5)、平成11年と同様に日本で最も安全にお産ができる県となった。その原動力となった「宮崎式・周産期医療ネットワーク」を詳しく紹介する。

宮崎式・周産期医療ネットワークの導入



厚生労働省が母子の保健向上を目指して推進する「総合周産期センター」構想(エンジェルプラン)は、人口100万人当たり1ヶ所のセンター設置である。勿論、国の補助はあっても莫大な費用がかかる上に、基準も厳しく、そのハードルは高い。 地方都市、特に宮崎県には難しい・・・ならば、今ある施設を最大限に活かして、宮大の周産母子センターと県立宮崎病院を拠点に、サテライトとなる周辺・地域型の周産期センター、開業医を充実させていけばいい。
池ノ上教授は、宮崎県を県北・県央・県南・県西の4つのエリアに分け、地域の開業医との連携をとることで成果を上げた。

その結果、宮崎県ではお産の80%を1次施設(開業医)が担い、合併症などハイリスクを伴なう20%を2次・3次の施設が担うというシステムが確立した。

全国的に見ると、1次施設でのお産は48%と、宮崎県の6割程度である。 これは、開業医の側の問題かというと、そうではなく、お産を引受けたとしても、いざという時に受入れてくれる2次・3次の施設がない(連携がとれていない)ことが大きな原因なのである。

例えば、妊娠26週800g程で破水し生まれた赤ちゃんは、超低出体重児として未熟児医療から病的新生児に対するあらゆる治療が必要になるが、当然、開業医では対応できる装備がなく、2次・3次のバックアップ体制がなければ受入れは不可能である。 ところが、宮崎県の場合、何かあったときには「はい、どうぞ」「ようこそ」とばかりに受入れてくれる連携システムが県下全域に確立しているので、開業医も安心してやれる。それが80%という高い数字に繋がっているのである。
逆にいうと、開業医が頑張ってくれているので、2次・3次で20%を受入れればいい。これが50%超となると、2次・3次の医師がへとへとになって続かなくなる。結果、辞めてしまい病院閉鎖という悪循環に陥る。だからこそ、人材の育成・トレーニングと共に連携が大切なのである。


「出店システム」というアイデア




産婦人科・小児科を含む医師不足の問題について伺ってみると、決して医師不足ではなく捉え方の問題なのだそうだ。地図上の分布だけで、ここに何人という見方をすれば、どこだって医師不足である。 医療圏はデザイン・アレンジすることも必要で、顧客なくして店舗を出しても続かないように、いざという時に、患者を30分~1時間で搬送できるような体制を整えること。そのためにはアクセスが肝心で、道路整備が不十分な宮崎県にとっては大きな課題である。


かといって、人口の少ない地域・過疎地区に開業する医師はいない。 田舎で育った自分には、田舎的アプローチしかできないと笑う池ノ上教授には「出店システム」というアイディアがある。

各地域の拠点となる2次施設を本店として、日中は医師のいない山間部などの出店で診療・治療をして帰ってくる。

いざという時は、本店へ搬送し対応すれば、本店からの給与で生活は成り立ち、無医地区の診療・治療に対応できるのではないかというもの。 しかし、これも医師の所属が県である場合、町・村の施設に出向くのはすんなりいかないなど、問題点があるのだそうだ。

けれどアイディアマンでもある池ノ上教授は諦めない。 着任当初は、大学という組織の中で、専門領域の周産期学は馴染まないだろうと何人かから言われたそうだ。 それが実績を重ね、今や専門科目の壁を越えて、眼科・耳鼻科・脳外科...あらゆる分野と連携して治療に当たっている。

ここ10年で、大学自体もフレキシブル(柔軟で融通の利く)な対応ができるようになったことも一因だが、その一方で、死亡率が減少するということは、以前なら助からなかった赤ちゃんが助かるということ。その分リスクも高くなる。中でも、低出生体重児の未熟児網膜症が多くなり、眼科の医師は悲鳴を上げているのだそうだ。これも、解決しなければならない問題である。 そして何より、減少させた死亡率を、どう維持していくかである。 ギリギリの状態でやっているのが現状。ある意味、作り上げるより維持していく方が難しいと池ノ上教授は話す。

そうした課題をクリアしながら、いずれは総合センターを整えた上で、池ノ上教授が目指す宮崎県医療の行く先は・・・


宮崎医療の目指すもの



生存率が上がった一方で、障害や病気を残しながら生きて行く赤ちゃんがいるのも現実で、この数字が「0」になることはない。 それが負担になることなく、他の赤ちゃんとなんら変わりない人生を歩いていける社会制度が整わなければならない。 医療の面では、宮大小児科の先生方が一生懸命に取組んでやって頂いているが、社会面・経済面だけでなく、とりまく人々の心が豊かでゆとりのある文化を持つことが必要だと思う。

最後に、池ノ上教授とっておきのアイディアを。 日本一安心安全なお産ができる宮崎で出産をする『お産パック』 シーガイアなどの施設を活用し、お父さんはゴルフを楽しみ、お母さんはマタニティビクスなどしながら心穏やかな時間を過して出産の時を迎える。 その後方には、万全の体制である宮崎大学と宮崎県の周産期医療システムが控えています!
現在、宮崎大学での一般的な出産費用は約30万円。東京の大学では60万円。これが、セレブ出産というような有名病院になると100万円はかかるのだそうだ。 だとすれば、セレブとは言わないまでも、多少ゆとりのあるご夫婦に、50万円の『お産パック』はいかが?これは、宮崎県の景気浮揚の一助になる画期的なアイディアかもしれない。 

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